第5章 微熱の帰路
彼の手のひらが、服越しに下腹部へと伸びかけた瞬間――
傑がみみの肩をぐいと引き寄せた。
驚くほど冷たい手のひらに抱き寄せられる。
だが、それは安心ではなかった。
彼の腕の中にもまた、違う種類の熱が潜んでいた。
傑「彼女に触れたいなら――私を殺してからにしろ。」
静かに、しかし確実に。
傑はそう言った。
その瞬間、甚爾の笑みが僅かに歪んだ。
ふたりの間に、火花のような空気が走る。
みみはただ、その真ん中で息を潜めるしかなかった。
どちらの熱にも焼かれながら、自分の意思を問われている。
それでも答えられない自分が、いちばん罪深いのかもしれない。
――この戦いは呪霊よりも恐ろしく、そして淫靡だった。
高専へ戻る車の中。
窓の外は薄曇りで、雨が降る寸前のような湿気を孕んでいた。
助手席に座るみみは、額にかすかに汗を浮かべながら黙っていた。
傑が運転するハンドルの動きは穏やかで、彼が何かを語ることはなかった。
だが、その沈黙が不思議と心地よかった。
逃げ場を与えず押し倒してくる男と違い彼の静けさは、みみに“自分で整理する余白”をくれる。
胸の奥が、まだ焼けるように熱い。
甚爾の体温が残っている。
けれどその一方で隣に座る傑の手が、いつでも掬い上げてくれるような優しさを帯びていることにも気づいてしまっていた。
――どうして、私はこんなに曖昧なんだろう。
答えの出ない問いを抱えたまま、車は高専の正門前に滑り込んだ。
傑「着いたよ。」
傑がそう言ってドアを開ける。