第3章 緊張感
彼らと共に歩き出すが、その道中、悠仁との距離は微妙だった。
彼は後ろからついてくるだけで、ほとんど言葉を発さなかった。
空気は重く、会話も弾まない。
途中、野薔薇がいくつか言葉を交わそうとしたが、それもすぐに消えた。
誰もが心に棘を抱え、それを口に出すことを恐れていた。
――宿儺に抱かれた彼女。
――自分の身体を使って、彼女を穢した宿儺。
――それを止められなかった自分。
――それでも彼女を好きでいる気持ち。
悠仁は、その全てに押し潰されそうだった。
彼の拳は震え、爪が掌に食い込むほど強く握り締められていた。
悠「……もし、アイツがまた出てきたら……俺、自分を殺すかもしれない。」
ふいに、彼がぽつりと呟いた。
背中越しに聞こえたその言葉に、女は足を止める。
「悠仁、それは……。」
悠「……冗談、だけどさ。冗談って言わないと、おかしくなりそう。」
彼が笑った。
ひどく痛々しい笑顔だった。
宿儺と女のことだけじゃない。
自分の存在自体が、誰かを傷つける可能性がある。
それを理解しながら、彼はこの身体で生きていくしかない。
女は振り返り、悠仁の手をそっと取った。
震えていたその手を、優しく包み込む。
「私は悠仁のこと、ちゃんと分かってる。……あなたが苦しんでるのも、分かってる。」
悠「でも……俺は、もう……オマエの隣にいて良いのか分からない。」
「いて。お願いだから、離れないで。」
女の声は震えていた。
宿儺に身を貫かれた痛みよりも悠仁が自分を遠ざけようとすることのほうが、何倍も怖かった。
その瞬間、悠仁の目に涙が浮かんだ。
耐えていた感情が、溢れ出すように。
悠「……ありがとう。」
彼は、ただその言葉だけを返した。