第3章 緊張感
服は乱れ髪も頬も、宿儺の指先と唇の感触がまだ生々しく残っている。
けれど今目の前にいるのは何も知らず何もできなかった、ただの少年“虎杖悠仁”だった。
「……大丈夫。気にしないで。」
気にしていないわけじゃなかった。
ただ、これ以上彼に責めさせることができなかった。
彼は望んでやったわけではない。
けれど自分が宿儺に抗えなかったこと、それを彼が感じ取っているのが女にとっては何よりも苦しかった。
そのとき、遠くから足音が聞こえた。
現れたのは、恵と野薔薇だった。
恵「おい、無事かよ!」
野「なに、どうしたの?遅かったじゃん。」
恵が血の気の引いた顔でこちらを見たかと思うと、野薔薇が1歩前に出て女の肩を掴んだ。
野「なにがあったの。……その格好……まさか。」
女は返事をする前に1歩引いた。
乱れた衣服、首元の赤い痕跡、潤んだままの瞳。
野薔薇は一瞬で察したようだった。
彼女の瞳がわずかに揺れる。
野「虎杖、アンタ……まさか……!」
悠「俺じゃない!」
悠仁が反射的に叫んだ。
その声は掠れていた。
悠「違うんだ、俺は……宿儺が……!」
その言葉で恵と野薔薇の表情が一変する。
空気が緊迫し、沈黙が流れた。
恵「……見た目が同じでも、オマエはオマエだよ。」
恵が低い声で言った。
その言葉は一見冷静に聞こえたが、感情の底には怒りと戸惑いが渦巻いていた。
宿儺が現れた。
女に手を出した。
その事実が、恵にとっても耐え難かった。
野薔薇はそっと女に羽織っていた上着をかけた。
その手は優しくて、痛みを分け合うような温度をしていた。
野「もう帰ろう。こんなところ、さっさと離れたい。」
女は頷いた。