第2章 葛藤
その手すりに、黒いシルエットがあった。
風に揺れる黒髪。
見覚えのある姿。
(……甚爾さん?)
思わず目を凝らす。
だが、そこにはもう誰もいなかった。
(……幻? それとも——。)
悠「おーい、みみ、荷物はこっちー! 部屋変わってないから安心しな!」
「え、うん!」
悠仁の明るい声に呼ばれ、みみは現実に引き戻される。
——彼女は確かにここにいる。
術式もなく戦闘もできず、けれど人の心を変えてしまう力を持って。
そしてその力は、すでに虎杖にも恵にも野薔薇にも……
確かに影響を及ぼし始めていた。
無自覚のまま彼らの感情の重心を、じわじわと引き寄せながら——。
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午後の陽射しはまだ高専の外を温かく照らしていた。
今日の任務は、山間に現れた中級呪霊の討伐。
虎杖、伏黒、釘崎、そしてみみの4人で向かったものの古い神社の境内に入ったあたりで視界が揺れるような感覚が起きた。
恵「——っ、これ、結界か?」
恵の声が届く間もなく、みみの周囲がぼやけ気づけば悠仁と2人きりになっていた。
「……え、みんなどこ? 恵? 野薔薇?」
辺りを見回しても、杉の木立の間には誰の姿も見えなかった。
音もない。
ただ空気がじっとりと湿っていて、鳥のさえずりすら消えていた。
悠「みみ! 大丈夫か!?」
悠仁が後ろから駆け寄ってくる。
心配そうに彼女の肩に手を置くと、その手がわずかに震えていた。
「うん……でも、なんか、おかしい。ここだけ空気が違う。」