第17章 彼女が消えた
みみの手が、震えながらそのノートを開く。
「……っ……!」
堰を切ったように涙が溢れる。
あれは夢じゃなかった。
確かに“あの世界”は存在していて自分はそこにいて、彼と――
恋をしていた。
ノートの最後のページには、たった一言だけが記されていた。
“待ってろ。いつか、また迎えに行く。”
――涙で、文字が滲む。
彼が自分を忘れていない。
自分も、彼を忘れない。
だから今は、この世界で生きなきゃいけない。
彼が迎えに来てくれる、その“いつか”まで――
「……うん。私、生きる。もう1度……あなたに、会うために。」
みみは拳を握りしめて、静かに天井を見つめた。
空は青く澄んでいて、まるで彼が見ているようだった。
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陽が傾き始めた午後。
商店街を抜け帰路に就いたみみは手にした買い物袋を揺らしながら、どこか上の空だった。
スーパーの特売で手に入れた卵。
少し前に立ち寄った本屋で偶然見つけた、小説の文庫本。
それらは確かに“日常”の断片で、彼女の“現実”だった。
けれど心の奥底には、いつだって消えない空白があった。
──あれから、もう数年。
夢のようだった、あの世界。
呪霊の存在、術師の戦い。
そして――
彼。
伏黒甚爾という男が、すべてを賭して自分を守ってくれた日々は、あまりにも鮮烈で。
現実に戻ってからも彼の声も、匂いも、腕の温もりも何1つ薄れてはいない。
「……。」
思い出に耽っていたせいか赤信号に気づかず、足が無意識に横断歩道へと踏み出していた。