第17章 彼女が消えた
――眩しい。
白い光が、まぶたの向こうから差し込んでいた。
目を閉じたまま、音に耳を澄ます。
ピッ、ピッ……
と、機械音が静かに響いている。
消毒液の匂い。
シーツの感触。
すべてが、あまりに馴染み深い現実のそれだった。
「……。」
みみはゆっくりと目を開けた。
天井には見慣れた白いパネル。
壁の時計は、秒針だけが律儀に動いている。
身体が重い。
まるで長いあいだ眠っていたかのように。
それでも呼吸は確かで、心臓は静かに脈を打っていた。
「……戻って……きた?」
声はかすれていた。
その場に誰かがいるわけでもない。
病室には自分1人。
窓の外には、ありふれた街の風景。
呪霊も、術式も、甚爾も――
どこにもいなかった。
ただの病院。
転生前、自分が確かに存在していた、あの世界。
――夢だったの?
そう思った瞬間、胸の奥がズキリと痛んだ。
夢にしては、あまりにも鮮明すぎる。
五条悟の目の輝き。
傑の穏やかな声。
そして伏黒甚爾の、荒々しくも優しい腕。
彼の言葉が、耳に焼き付いて離れない。
“好きだよ。……だから、もう誰にもオマエは渡さねぇ。”
――あれは、作り物の感情なんかじゃなかった。
みみは自分の胸にそっと手を置く。
その下には、撃たれたはずの場所。
だけど、弾痕も傷もなかった。
まるで最初から何もなかったかのように、身体は無傷だった。
でも、心は……
明らかに何かを失っていた。
涙が、すっと流れ落ちる。
「甚爾……私、あなたを……好きだった。ちゃんと……伝えたのに……。」
遠いあの世界に、もう1度戻りたい。
ただ彼の声を聞いて名前を呼ばれて、抱きしめられたい。
けれど、この現実には、それは叶わない。
心が引き裂かれるように痛むなか、ふと――
ベッドの傍にある机に目が留まる。
そこに、見覚えのない1冊のノートが置かれていた。
厚手の黒革の表紙に、手書きのような文字でこう記されている。
“また会える。その時まで、強く生きろ”
不器用な、でも力強い――
あの男の字。