第16章 交差する衝動
彼の指先が頬から離れ、まるで空気すらも撫でるように、みみの鎖骨の上をなぞっていく。
触れられたわけではない。
けれど、あまりに意図的なその動きが肌の奥にまで冷たいものを残していく。
子「面白いね。触れたのはほんの一瞬、だが瞳孔は即座に拡大、心拍数が12%上昇した。」
彼の目は、もはや研究対象にしか向けられていなかった。
みみが抱いている“恐怖”も、“羞恥”も、“怒り”も、そのどれもが彼にとっては“結果”であり“素材”でしかない。
子「君がこの世界で“適応した”のは、呪力への耐性や身体能力だけじゃない。精神構造すらも、この世界仕様に近づいている。だが、まだ“理性”が残っている……それが、良い。」
彼は立ち上がると、部屋の中央に置かれた台座のパネルを開いた。
そこには何本もの管が伸び、淡く紫色に光る液体が循環している。
子「これは“濾過呪液”。精神を高ぶらせるために呪力を分解・再構成したものだ。吸い込むだけで、無意識下の本能にまで干渉できる。君の“根幹”がどこにあるかを観察するには、最適だと思ってね。」
瞬間、天井から細く伸びたチューブのようなものが、みみの背後に降りてきた。
彼女は反射的に身を引くが背後の壁が無音で動き、座っていたベッドごと拘束されるように変形していく。
「やめて…っ。」
小さく漏れたその声に、彼は嬉しそうに微笑んだ。
子「そう、その声が欲しかった。抗いながらも、声に出さずにはいられない……その瞬間にこそ、“異世界人”としての限界が現れる。」
チューブが空気を切り裂く音を立て、静かに彼女の前に降りてきた。
彼は慎重にチューブの先端を開き、淡く揺れる液体を注視する。
子「さあ――君の“真実”を、見せてくれ。」
空気が一変した。
香のように甘く、しかしどこか鉄の匂いを混ぜたそれが肺の奥に染み込んでくる。
彼女は咄嗟に息を止めるが、数秒もせず苦しさに抗えず吸い込んでしまう。
頭がぐらりと揺れた。
「ッ……やだ……!」
耳鳴り、微細な振動。
視界の端で壁が歪んだように見えた。
だが、それ以上に恐ろしかったのは、“自分の思考”が誰かに覗かれている感覚だった。
(……わたしの中に、誰かが入って……?)