第2章 葛藤
彼のような男が女1人にあそこまで入れ込むなど、本来あり得ない。
悟「だからさ。」
悟が不意に真剣な顔になる。
悟「もしまた誰かが……君を奪おうとしたら。僕が殺すから。」
「……悟?」
悟「傑にも言ったけど、僕、本気だからね。みみは、僕にとって——。」
傑「悟、やめておきなよ。君が焦ると空気が割れる。」
傑が苦笑しながら止めに入る。
そのやり取りは、まるでずっと昔から続く日常のようだった。
けれど、それを聞いていた伏黒甚爾が1歩、彼女の隣に進み出る。
甚「……その“特別”は、誰のもんでもねぇ。みみは、俺が連れ戻した。」
悟「おや、甚爾。元気そうだね。……っていうか、生きてたんだ?」
悟が無邪気に笑いながら手を振る。
傑「みみは、アイツに助けられたんだよね?」
傑が柔らかく尋ねると、みみは小さく頷いた。
「はい……。」
そのときだった。
——風が吹いた。
背後に、呪霊の気配。
悟が指を鳴らすと、空間が歪み、呪霊は一瞬で消滅した。
悟「……君は戦えなくても良い。でも、そばにいる男は、ちゃんと選べ。みみ。」
その一言は冗談のようでいて、どこまでも本気の響きがあった。
傑はそんな悟の肩をぽんと叩いて、みみに微笑んだ。
傑「とりあえず、戻ろう。学校で、久々の顔合わせでもしようか。」
「はい……先生。」
そう呼んだ瞬間、傑の目が細くなり少しだけ喉が鳴ったように見えた。
傑「……その呼び方、ちょっとゾクッとするね。」
「えっ?」
傑「冗談だよ。」
だが——
その目は笑っていなかった。
悟、傑、甚爾。
彼女の“魅了”に気づかぬまま、あるいは抗えぬまま彼らは静かに、そして確実に、みみの中に入り込んでいく。
術式はない。
呪力操作もできない。
けれど彼女は、“人の心”に直接干渉できる——
最も危うい能力の持ち主だった。