第15章 呪いに染まる
甚「……博士? そんなあだ名のヤツなら……記憶にねぇな。ってか、いちいち覚えてねぇよ、殺したやつの名前なんて。」
子「やはり……!」
男の声がわずかに震え、目に血走った怒りが宿る。
子「貴様はすべてを壊した! だから、貴様には同じ苦しみを味わってもらう……。」
そして、男はゆっくりと手を上げた。
その手には呪符のような布が巻かれ、暗い光を帯びた呪具が握られている。
子「俺は“人”を奪う……貴様にとって、最も脆く、最も手放したくない“女”をな。」
「……っ、え……?」
瞬間、みみの背後に走る冷気。
気づけば彼女の影が揺らめくように歪み、そこから細く黒い手が這い出していた。
生き物のように蠢くそれは、一気に彼女の足を絡め取る。
「っ、な、何これ……!」
子「伏黒甚爾、お前に女を守れるか……? 奪われる気持ちを、味わってみろ!!」
男が叫んだと同時に地面から生えた“呪影”が彼女の腰まで絡みつき、身体を引きずるように後方へと引きずり込もうとする。
路地の壁に開いたような、黒い裂け目――
その中に。
甚「おいッ!」
甚爾の声が低く唸る。
即座に呪具を引き抜き、男へと投げつけた。
しかし男はそれを予期していたかのように腕を翳し、呪具をはじく。
子「お前が斬れるのは肉体だけだ……影に宿った呪性には、触れられまい。」
甚「チッ……。」
甚爾が走り出す。
その速さは人間のそれを超えていた。
だが、それよりも早く影は彼女の足元をすくい腰を強く引き寄せていく。
「やっ、いやっ……甚爾……!!」
彼女が叫ぶ声が闇に飲まれ、影の裂け目に身体ごと吸い込まれていく。
──視界が、揺れる。
薄暗い世界、冷たい空気、音が遠くなる。
最後に見えたのは顔を歪めて自分を追う、甚爾の焦った表情だった。
甚「みみッ!!! ……待ってろ、すぐに連れ戻す……!」
けれど彼女の意識は呪いの深淵に沈むように、すとんと暗転していった。
──暗闇の奥から、笑う声が聞こえた。
子「お前は、“代償”になるんだ。アイツの後悔と痛みの、すべての――代償にな。」