第8章 知りつつも
「行くので返してくれませんか?」
「ん?あーすまん忘れとった。」
スマホを出されて受け取ろうとするとひょいっと躱される。
睨むと満面の笑みで笑っていた。
「ちょっとトレーニングしよか。ほんで僕ん家来るやんな?」
トレーニングはしますと返して一緒にトレーニングルームへ向かう。
正直、プライベート用のスマホなので1日なくても不便はない。
それなのにムキになるのは、この人と触れ合いたいから。
早く言えばいいのに、鳴海隊長と別れたって。
だけど、もっと私に必死になって欲しい。
トレーニングルームの入り口に辿り着く前に背中に衝撃を感じた。
「好きやで。」
副隊長が抱きついてきたようだ。
お腹に回された腕がぎゅうと締め付ける。
「ほんまに鳴海隊長のこと好きなん?それならしゃーないよな…もうしつこくしたりせぇへん。ほんまにごめんな。」
質問に答えていないのに勝手に答えを出さないでよ…。
スマホがポケットの中に入り、背中の温もりが消えた。
「やだ…。」
「え?」
しつこくしてよ、私を欲しがってよ。
「鳴海隊長のことは好きだけど、そういう好きじゃない。別れたし…宗四郎が話しかけてくれなきゃ、私、笑えない。」
少し後ろに下がり背中を彼の胸にあてた。
これから先、一緒にいたらたくさん辛い思いをするだろう、それでも好きな人と一緒にいたいと思った。
「別れてたんかい。ほんで?君が好きなんは誰?」
声が弾んでいる。
初めてタメ口で話し、呼び捨てにした。
咎められていないということは、いいってことなんだろう。
「保科副隊長、です…好きです…。」
「はーい、もっかいや。それじゃあ響かん。さっきはちゃうやったやん?」
さすがに許されなかった。
言葉にするのは恥ずかしい…なんで宗四郎はこんな恥ずかしいことを何度も言えるの?
「……宗四郎が好き。宗四郎のことしか考えられないの。」
「ん〜知っとるで〜……聞いてみて。」
頭を引き寄せられて、耳が胸につく。
バクバクいってる、伝わってくる。
それより…首折れる。
無理やり胸に耳をつけさせられてるから。
身体を彼の方に向けて抱きつき首筋に顔を埋めた。
もうどちらの心臓の音かわからない、2人の心臓が一つなってしまったみたい。