第11章 ずっと前から
悠「……あ、五条さん。どうかしました?」
ドアの隙間から覗くようにして現れた五条は、目元を細めて中をちらりと見た。
けれどミクの姿がちょうど棚の影に隠れていて、彼の視線には入らなかったようだった。
悟「おかしいな〜。誰かと話してたっぽい声が聞こえたんだけど? ねえ、悠仁?」
悠「え? あ、いや、ちょっと独り言……資料探しててイラついてたっぽいっす。」
悠仁の声は思ったより自然で、悟の問いにも焦らずに返していた。
けれど、眉尻にはわずかに汗が滲んでいる。
悟はしばらく悠仁の顔を見つめたあと、ふっと微笑んだ。
悟「ふーん。まあ、良いけど。あとで会議あるから忘れないでね。」
悠「了解っす。」
ドアが閉まる。
足音が去っていくまでの数秒が、永遠にも感じられた。
静寂の中、ようやく息を吐いたミクが「…こわ…」
と震えるように呟く。
悠仁がミクのほうを振り返り、苦笑しながらそっと彼女の手を取った。
悠「大丈夫。気づいてないって。」
でも――
そのときの悟の目の奥に、どこか冴えた光が宿っていたことに、ふたりとも気づいていた。
そしてその夜、ミクのスマホには悟からの通知が静かに灯るのだった。
《今夜、少し話せる?》
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夜更けのオフィスは、静まり返っていた。
廊下の照明は半分が落とされ静寂の中でパソコンのモニターの灯りだけが、かすかに空間を照らしている。
悟「……ずいぶんと遅くまで、頑張ってるんだね?」
その声に、心臓が跳ねた。
後ろを振り向かなくても分かる。
この気配、この空気。
──五条悟。
「……はい。資料の整理が、ちょっとだけ溜まってて。」
いつものように笑って誤魔化そうとしたその瞬間ふっと彼が背後に立ち、椅子ごと体を抱き込むようにして腕を回してきた。