第11章 ずっと前から
悠「ミク。」
肩越しに優しい声がした。
振り返ると、悠仁がコーヒーを2つ持って立っていた。
ひとつを差し出す手が、いつもより少しだけ近い。
悠「大丈夫?……なんか、元気ないなって」
「……ううん。ありがとう。」
受け取ったカップは、ほんのり温かいのに指先は自分の体温を失っているようだった。
ふと見ると、悠仁の目がじっとこちらを見ていた。
普段の無邪気さよりも、ずっと真剣な眼差し。
いつからだろう、こんなふうに彼と向き合うようになったのは。
昼過ぎ、ふたりきりになった資料室の片隅。
1歩、距離が縮まる。
彼の指が無意識にミクの手元に伸び、触れる寸前で止まった。
曖昧な関係を続けた甚爾とは対照的に悠仁の好意は真摯で真っすぐで、けれど、それが返って胸を締めつける。
微笑みながら彼の指が、そっと彼女の手に触れた。
その手が信じられないほど温かくて、彼女は言葉を失った。
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空調の音だけが耳に残る静まり返った空間に、2人の足音が微かに響いた。
「ここのファイル、これで全部かな……?」
棚から資料を取り出しながら、ミクは悠仁に声をかける。
彼はいつも通りの柔らかな笑みを浮かべて頷いた。
悠「うん、たぶん。……でも、これ全部まとめるの、めっちゃ大変そうだよなあ。」
「ね。終わるの、今日中かな……。」