第9章 どうでも良い
それから数週間、甚爾からの連絡は一切なかった。
訪れもしなければ、連絡もない──
まるで最初からそこにいなかったかのように。
けれど、その空白は決して軽くはなかった。
何度もスマホを開いては、通知のない画面をそっと閉じる。
それを繰り返すうちに、やがてミクの中でも少しずつ彼の影は静かに沈んでいった。
その空間に、自然と入り込んできたのが悠仁だった。
悠「ミク、これ手伝おうか?」
会議資料の束を抱えて困っていた時、当たり前のように隣に立っていた。
手際よく作業を分担し資料を整理していくその姿は、以前よりも少し頼もしく見える。
「ありがとう、悠仁。助かる……ほんとに。」
悠「俺こういうの、わりと得意だから。」
仕事帰りの静かなオフィス。
数人の社員が残るだけで、空調の音とキーボードの打鍵音だけが耳に響く。
2人で同じ資料を見ながら、自然と肩が近づく。
ミクが資料に目を落とすと悠仁はその横顔を一瞬、そっと見つめていた。
悠「……最近、少し元気になったな。」
その言葉に、ミクは手を止めて彼を見る。
「……そう、見える?」
悠「うん。表情が前より柔らかいっていうか……ちょっと安心してる、俺。」
照れくさそうに頭をかく仕草に、ミクはふっと笑ってしまう。
こんなふうに笑うのは、いつぶりだっただろう。
「悠仁って……本当に優しいよね。」
悠「いや、そうでもないよ? こう見えて、ちょっと欲張りなとこもあるかも。」
「欲張り?」
悠「たとえば……今なら、もう少し近づいても大丈夫かなって、思ってる。」
不意に交わる視線。
さっきまでの空気とは違う、少し濃い沈黙が流れた。