第9章 どうでも良い
退勤のチャイムが鳴り響く頃、ミクはまだ自分のデスクに残っていた。
今日1日、悟の何気ない気遣いがあちこちに散りばめられていた。
資料を持ってくれたり、誰にも気づかれないように目を合わせてくれたり──
その優しさが胸に沁みるほど、どこか苦しかった。
悟「ミク、帰らないの?」
ふとした声に顔を上げると、悟が入口のガラス越しにこちらを見ていた。
柔らかな光がその銀髪を縁取る。
「……今、帰るとこです。」
悟「駅まで一緒に行こう。暗いしね。」
並んで歩く帰り道。
悟はいつもの軽口を控え、少し遠慮がちに話しかけてくる。
悟「なんか……最近、元気ないよね。」
「……そう、見えますか?」
悟「うん。僕には見えるよ。…ずっと見てきたし。」
その言葉に、ミクの心は少しだけ揺れた。
悟の声が静かに、深く染みてくる。
「……悟先輩は、優しいですね。」
悟「そうでもないよ。優しくしても、振り向いてくれないし。」
小さく笑った声に、ふと振り返ると悟は前を見たままだった。
信号で止まり、沈黙が落ちる。
悟「……また話したくなったら、いつでも聞くから。」
ぽつりとそう言って、悟はミクの頭を軽く撫でた。
その仕草に頬が熱くなるのを感じながら、ミクはそっと頷いた。
そのまま別れ、駅の構内へ入ったところで──