第9章 どうでも良い
悠「無理して笑ってる顔って、すぐわかるよ。」
そう優しく言って、そっと彼はミクの肩を軽く叩いた。
それだけのさりげない仕草なのに、何故か胸の奥がじんとした。
悟「おはよ、ミク。」
不意に聞こえた低い声に、ミクはびくりと肩を揺らす。
振り向くと、悟がいつもの飄々とした表情で立っていた。
だけど──
その目だけが冗談を言う気配ではなく、じっとミクを見ている。
悟「目、赤いよ。花粉症の季節にはまだ早いよね?」
何気ない冗談のようなトーン。
けれど、奥にある温度は優しかった。
「……ちょっと、寝不足で……。」
悟「うそ。そんな目してたら、僕でも気づく。」
少しだけ声を落とした悟が、ミクの顔の側にそっと立つ。
彼のスーツの香りがふと鼻先をかすめ、胸がまたざわつく。
悟「……何かあった?」
その一言に、ミクの心が揺れた。
何か、って……言えるわけがない。
だけど、言わなければならない気もしてしまう。
「……いえ、大丈夫です。」
悟「そう言う人ほど、大丈夫じゃないって知ってるけどね。」
悟はそう言って、ミクの手にペットボトルをそっと渡す。
悟「ほら。カフェラテ、買いすぎちゃった。」
本当はきっと、わざわざ買ってきたのだ。
甘さ控えめの、ミクの好みをちゃんと覚えて。
そんな小さな優しさに触れた途端、胸の奥がぐっと締め付けられる。
──どうして、こんなふうに優しくされると涙が出そうになるんだろう。
「ありがとうございます、……悟先輩。」
静かにそう呟いた声に、悟はふっと笑った。
その笑顔が今は少しだけ、救いだった。