第9章 どうでも良い
甚爾は、抵抗しなかった。
ただ戸惑ったように押されるまま、ミクの足元の方をちらと見やっていた。
甚「……泣くなよ、そういう顔されるとマジで……。」
何かを言いかけて、やめる。
言葉は吐き出されないまま、ドアが開く。
ミクの指先がドアノブを握ったまま、最後の一押しをするようにして、扉を押した。
冷たい夜風が入り込む。
甚爾は1歩、また1歩と外へ出た。
甚「……じゃあな。」
それだけ残して、甚爾はゆっくりと背を向けた。
ドアを閉めた瞬間、ミクの膝が力なく崩れ落ちる。
もう嗚咽を堪える必要はなかった。
誰も見ていない部屋の中で、ただ1人、壊れそうな胸を抱きしめるようにして泣いた。
けれど──
心の奥底では彼の足音が遠ざかっていく気配に何かを願っている自分がいることに、ミク自身がいちばん気づいていた。
朝の通勤電車の中、ミクは目を伏せたまま立ち続けていた。
昨夜、玄関を閉めた瞬間に溢れた涙は、とうに乾いているはずなのに瞼の腫れは隠しようがない。
薄くメイクをしても、誤魔化しきれない赤みと重さ。
会社のビルに着く頃には何度も深呼吸をして、なんとか平静を装った。
エントランスを抜け、エレベーターでフロアへ。
デスクに向かおうとしたその時だった。
悠「おはよ、ミク……あれ、ちょっと顔赤い?」
声をかけてきたのは悠仁だった。
無邪気でまっすぐな彼の視線が、ミクの顔をじっと見つめる。
悠「寝不足? なんか……いつもとちがうよ?」
「えっ……あ、うん、ちょっと……ね。夜更かししちゃっただけ。」
ぎこちなく笑ってみせるミクに、悠仁は目を細める。