第9章 どうでも良い
──小さく残った痕跡。
意図的に見えないように隠したはずのそれが、襟元のズレで僅かにのぞいていたのだ。
悟「……ねぇ、そんなにバレバレで会社来るなんてさ、ミクって案外、大胆なんだ?」
「っ……別に……。」
悟「あれ?否定しないんだ。」
少し近づいて、悟は小声でミクの耳元に囁いた。
悟「昨日、誰と一緒だったの?」
その声は冗談めいていたけれど、底の方に少しだけ熱を帯びた湿度があった。
笑顔のまま、でも視線はどこか鋭い。
それがただのからかいでないことを、ミクはすぐに悟る。
「……仕事の人と、ちょっと。」
悟「ふうん。仕事ねえ。……まあ、良いけどさ。」
肩をすくめ軽くため息をついた悟は、ミクの向かいの席に腰を下ろすと、書類をめくるふりをしてぼそりと呟いた。
悟「僕にも、そういう余裕……そろそろあっても良いよね?」
紙の擦れる音に紛れるその言葉に、ミクは視線を落としたまま、胸の奥が妙にざわつくのを感じていた。