第8章 たまには
やがて時計を見ると、すでに出勤時間を少し回っていた。
「……時間ずらして会社行こうかな。バレないように。」
悟「ふふ、ずるいな。僕も同じこと考えてたのに。」
小さな笑い合いのあと2人は順番にシャワーを浴び気まずさもなく、自然に身支度を整えていった。
ミクが先に部屋を出ると、廊下の空気が妙に冷たく感じた。
ホテルのエレベーターで1人きりになった時、鏡に映る自分の頬が、どこか火照っているのに気づく。
(こんなふうに、朝を迎えるのは……初めてかも。)
ホテルを出て、会社に向かう足取りは軽かった。
甚爾からの連絡は、まだ来ていない。
でもそれが、少しだけ都合よく感じてしまったのが自分でも苦しかった。
悠「……あれ?ミク、昨日と似た感じの服だな~。」
オフィスの空気がまだ完全に動き出していない朝、何気ない1言が、ミクの鼓膜を突いた。
振り返ると同じ部署の同期が、デスク越しにくすりと笑っていた。
「そう?たまたま、かな……。」
ミクは笑顔でやり過ごすけれど、内心は少し冷や汗が滲んでいた。
コンビニに寄って買ったシャツの上に、自分のジャケットを羽織っただけ。
髪型やメイクも最小限の手直しで済ませていた。
……確かに言われてみれば“似ている”というより、“変わっていない”に近いかもしれない。
悠「あれぇ?泊まりか~?」
冗談めかした言葉に、近くのデスクからもくすくすと笑いが漏れる。
そんな空気を、ひときわゆるい足取りで入ってきたのは、五条悟だった。
悟「おやおや?これはこれは……朝からミクちゃんが人気者だねぇ。」
いつもの調子で口元に笑みを浮かべた悟だったが、視線が一瞬だけミクの首筋に止まった。