第6章 静寂の支配
悟「僕さ、なんか最近…ミク、遠くなった気がしてさ。」
ミクは黙ったまま、手元の資料に視線を落とす。
けれど耳が、熱くなるのがわかった。
悟「別に良いんだけどね?そーいうの。僕だって子どもじゃないし。でも――。」
言葉を切った悟の声が、一瞬だけ低くなった。
悟「もし僕以外の誰かに、その顔見せてるなら……ちょっと、やだなって思う。」
その瞬間、ミクの心臓が、ひどくうるさく鳴った。
彼は何気ない仕草で自分の前髪をかきあげると、再び笑顔を作った。
悟「ごめんね。冗談、冗談。昼、一緒に食べない?」
その目は、決して冗談ではなかった。
昼休み。
会社の食堂ではなく、ビル近くの静かなカフェ。
ミクは“たまには違う場所もいいかな”と自分に言い聞かせるようにして、悟の後をついてきていた。
木の香りが柔らかく漂うテーブル席。
彼はいつものように軽快な口調で注文を済ませると、ミクの向かいではなく、あえて隣に腰を下ろした。
「…ここ、座るんですか?」
悟「うん、こっちの方が顔よく見えるし、声も届きやすいでしょ?」
当たり前のように笑いながら、五条はテーブルの下で脚を自然にミクの方へ伸ばしてくる。
わざとではない。
けれど“わざとらしい”。
悟「ね、昨夜はさ、どんな風に過ごしてたの?」
「……。」
悟「やっぱり、言えない感じ?」
質問というよりは、観察だった。
ミクの横顔、伏せたまつ毛、唇の動きすら悟は目でなぞるように見ていた。
「……悟先輩って本当によく見てますよね、人のこと。」
悟「うん、ミクだけは特にね。」
不意に近づいた声。
耳元すれすれに届くその響きに、ミクは思わず肩をすくめた。
しかし次の瞬間、彼の指がそっと背中に掛かる髪を撫でるように直してくる。
悟「こうやって自然に触れると、ちゃんとドキドキしてくれるんだね。」
指先はすぐに離れた。
けれどミクの心臓の音は、テーブルを挟んだ彼にも届きそうだった。