第5章 帰り道の熱
ミクがアパートのエントランスを出た瞬間、背後から低い声が届いた。
甚「……おはよう。」
反射的に振り返ると煙草を咥えた甚爾が、いつもの無精な格好で立っていた。
Tシャツにジャージ、足元はサンダル。
まるで昨日の会話などなかったかのような顔で。
「……おはようございます。」
意識しすぎたのか、敬語になった自分に小さく後悔する。
けれど甚爾は煙を吐きながら、無関心を装うように視線を逸らした。
目が合ったのは、ほんの一瞬。
甚「ちゃんと冷やしたか?」
低くて、どこか優しげなその声。
けれどそれは昨夜のメッセージの続きのようで、どこか他人行儀でもあった。
「……ええ、一応。」
それ以上、彼は何も言わなかった。
そしてそのまま、ポケットに手を突っ込んで、背を向けた。
まるで、ただの隣人みたいに。
その温度差に、胸の奥がひどく痛んだ。
──なんで、あんなに強く抱いておいて。
なのに、今朝はまるで“それ”がなかったみたいに。
揺れる足取りのまま駅まで歩き会社に着いたときには、すでに五条悟が出社していた。
悟「よっ、おはよ〜。ミクちゃん。」
軽い調子の中に、どこかじっとりとした視線。
白いシャツに指を引っかけるようにして、彼がゆるく笑う。