第5章 帰り道の熱
その視線はまるで、ミクの体のどこかに“嘘”が滲んでいないか探すように、じっと肌をなぞってくる。
甚「香水……変えたか?」
「え……?」
甚「……いや。ちょっと、男の匂いが混じってんのかと思ってな。」
その瞬間、ミクの背筋が凍りついた。
――まさか。
まさか五条の残り香を。
「……そんなこと、ないです。」
甚「……なら、良いけど。」
じろりと下から目を上げる彼の視線は疑っているのか、それとも……
試しているのか。
甚「ったく……昨日あれだけ抱いてやったってのに。余裕そうだな、オマエ。」
「……っ、そんなこと……!」
熱が頬に上る。
言葉の意味も彼の意図も分かっているのに、ミクは反論もできず思わずうつむいた。
甚「……その反応、だめだな。」
階段から一歩踏み出すと甚爾は煙草を消し、ミクのすぐ傍へと迫ってきた。
甚「ちゃんと……忘れられないようにしてやったのに。」
囁きに似た低音。
耳元にかかった吐息が、皮膚の奥まで火照らせる。
甚「……腰、まだ痛ぇんじゃねぇの?」
「なっ……!」
びくんと体が跳ねる。
確かに無理な体勢を強いられた名残が残っていて、それを思い出しただけで、熱が全身に走った。
甚「……図星かよ。かわいいな、オマエ。身体が覚えてんの。」
喉の奥でくぐもった笑いが漏れた。
わざとらしいまでに低い声で、ゆっくりと耳朶を撫でるような口調。
甚「……けどまぁ、今日はもういい。」
甚爾は急に手を引き、背を向けた。
甚「出かける約束してんだよ。……ああ、“女”な。」
足を止めず、背中だけでそう言い残した。
ミクは言葉を失い、ただその背中を見つめたまま立ち尽くす。
足元の影が長く伸びて、夜風が冷たく吹き抜ける。
けれどその冷たさの中に、火照りと嫉妬の余熱が、静かに残っていた。