第4章 これで全部
悟「……ミク。」
「えっ……?」
悟「なんか、さ。最近……少し遠いっていうか。」
カタカタと打つ音が止まり、五条の声が低くなる。
真剣に何かを見つめるときの瞳で、ミクの横顔を覗き込んできた。
悟「僕、なにかした?」
「してません……そうじゃなくて……。」
言葉に詰まった瞬間、五条の指がそっと、ミクの手の甲に触れた。
それはまるで、慰めるようでいて――
その指先に僅かに力が入ったのが、分かった。
悟「……誰か、いるの?」
「え……。」
悟「今、ミクの隣にさ。僕が知らない誰かがいるような気がして、ちょっと……ズルいなって思っちゃった。」
笑ったその顔は、あまりにも優しくて――
けれど、どこか危うさを孕んでいた。
ミクの心臓が、跳ねた。
「……五条さん。」
呼びかけた名前に、返ってきたのは静かな目。
悟「僕さ、待ってたんだよ。」
「……なにを?」
悟「ミクが、僕の方をちゃんと見るのを。」
その声に、胸の奥がつかまれたように痛んだ。
甚爾の激しさが、身体の奥にまだ残っているのに。
その熱を包むように、五条の言葉が静かに染み込んでくる。
「……なんで、今。」
悟「言わなきゃ、取られそうな気がした。」
思わず息を呑んだミクの顔を、五条がじっと見つめていた。
悟「遅いかな、僕。」
「……わかりません。」
ミクは俯き、机に置いた手をぎゅっと握った。
心が――
引き裂かれそうだった。
そして、その静かなオフィス内で。
ミクのスマホが、そっと振動する。
伏黒甚爾からの、短いメッセージ。
《まだ会社?そっちに迎えに行こうか。》
彼の“迎えに行く”という言葉の裏にあるものが、今夜は妙に鋭く突き刺さった。
ミクの唇が、僅かに震えた。
そして、五条の視線がスマホの振動に気づいたことに彼女は気づかなかった――。