第4章 これで全部
会社に着いた頃には、いつもより15分も遅れていた。
悟「おー、ミク。おっそーい、寝坊?」
先にオフィスにいた五条悟が、いつもの調子で声をかけてくる。
だけど――
今日は、どこか違った。
「え……あ、ご、ごめんなさい。」
悟「ううん、別にいいんだけどさ。」
明るい声のまま、五条はミクの顔をじっと見つめる。
悟「なんかさ、昨日から……雰囲気違うよね?」
「えっ……そう、ですか?」
悟「あー、気のせいかな。でもさ……。」
言いかけて、彼は微笑みながら手に持っていた書類を渡してきた。
悟「顔、赤いよ。熱あるんじゃない?」
「ち、ちが……っ!」
思わず手で頬を覆った。
まさか、先輩に気づかれた……?
いや、そんなわけない。
何も知らないはず――
でも。
その瞬間、彼の指先がふとミクの手の甲に触れた。
悟「……なんか、あった?」
「……え……。」
悟「なんでもないよ。行こ、会議室。」
笑った五条の瞳は、どこか翳っていた。
冗談のように振る舞いながら、その奥でなにかを見透かすような色をしていて――
ミクの心が、少しだけ波打った。