第1章 お隣さん
「……ッ、んんっ……っあ、や……っ。」
ピンポーン。
呼出音を押した瞬間、ぴたりと音が止んだ。
数秒の沈黙の後、ガチャリとドアが開く。
「……ふぇ?」
顔を出した女は頬を真っ赤に染め、濡れた瞳を大きく見開いていた。
髪は乱れネグリジェの肩紐は片方だけ垂れ、胸元は浅く息づいていた。
甚爾の視線が、自然と首筋から胸元へと滑り落ちる。
甚「……オマエさぁ……。」
低く、呆れた声で言った。
甚「毎晩毎晩、……さすがにうるせぇんだわ。隣なんだよ、壁1枚。声、全部聞こえてる。」
「えっ……。」
女は一瞬ぽかんとして次の瞬間、顔を真っ赤にして口元を押さえた。
「ご、ごめんなさいっ! そ、そういうつもりじゃ……。」
甚「男、連れ込んでんのか?」
「ち、ちがっ、ちがいます! わたし、ひとりで……っ。」
甚「……は?」
「ひとりで、してたの……っ。」
甚爾の眉がぴくりと動く。
甚「……マジか。」
それは想定外だった。
あれだけ甘く濡れた吐息を漏らしていたのに、相手は……自分自身だった?
女は肩を震わせ、恥ずかしさに耐えるように俯いている。
耳まで真っ赤に染まり、呼吸だけがまだ荒い。
さっきまで自分を慰めていたことを、身体がまだ引きずっているのだ。
ふと、甚爾の鼻を甘い匂いが掠めた。
石鹸と女の体温が混じったような、ねっとりと湿った残り香。
彼女の太腿がわずかに震えていたのは快楽の余韻なのか、それとも――。
甚「……そんなに気持ちよかったのか、隣に聞こえるくらい声出して。」
「や、やだ……言わないで……っ。」
恥ずかしさに身をよじる女を、甚爾はじっと見つめた。
その目には、一種の興奮が宿り始めていた。
甚「なあ、次やるとき……俺、聞き役じゃなくて参加させてくんね?」
女は一瞬、呼吸を止めた。
そして唇を震わせながら、小さく言った。
「……ばか……。」
その声は拒絶ではなかった。
むしろ熱を孕んだ同意に近く――
夜は、さらに深く淫らに落ちていく気配を纏っていた。