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モニタリング

第22章 甘い余韻


甚「……どうした。」

その言葉はいつも通り淡々としていたけれど、どこか、ミクの表情を読み取ろうとするような眼差しだった。

「あ、の……。」

声がうまく出なかった。

言葉にするにはあまりにも感情が渦を巻いていて、自分でも整理がついていない。

それでも立ち尽くすミクに、甚爾がひとつ小さく息をついた。

甚「入れよ。」

そう言ってドアを開け放った。

その一言だけで、胸のざわつきが少しだけ和らいだ気がした。

中に入ると、ほんのり酒の匂いと体温の余韻が残っていた。

薄暗い照明のもと甚爾は冷蔵庫から麦茶を出して、無言でグラスに注ぐ。

甚「……飲め。」

差し出されたグラスを受け取る手が震えているのを、彼は見ていた。

甚「なにかあったな。」

問いではない。

それは確信だった。

「……今日、帰りに……甚爾の昔の女の人と、偶然会ったの。」

ミクがそう言うと、甚爾の手がぴたりと止まった。

表情は変わらない。

でも、呼吸が一瞬止まったのを、ミクは見逃さなかった。

甚「……そうか。何か言われたか?」

「“まだ好き”って。……“甚爾をひとりにしないで”って。」

言葉にすることで、自分の動揺が明確になる。

グラスを握る手に力が入る。

目が潤みそうになるのを、どうにか堪えていた。

甚爾は、しばらく無言だった。

テーブル越しに、ミクの顔を見ていた。

そして、ぽつりと呟くように言った。

甚「過去のことは、もう俺の中で終わってる。でも……ひとりにしないで、ってのは……まあ、アイツらしいな。」

「……甚爾、ほんとに何も感じないの?」

問い詰めるような声じゃなかった。

ただ、知りたかった。

彼の中に、その女への何かがまだ残っているのか。

甚爾は鼻を鳴らすように笑ってから、ミクの手からグラスをそっと取り上げた。

代わりに、その手を指で包み込む。

甚「今ここにいるのは、オマエだけだろ。……それで十分じゃねぇの?」

その言葉に、胸のざわめきがすうっと引いていく。

静かに、けれど確かに、ミクの心は彼の手の中にあった。

——まだ不安は消えない。

でもそれでも彼が今ここにいるという事実だけは、なにより確かだった。
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