第22章 甘い余韻
煙草を取り出しかけた手が、やはりポケットに戻る。
夕闇の街灯の下、女の瞳には確かに涙が浮かんでいた。
女「また会えたら、次はちゃんと伝えようって……ずっと思ってたの。あたし、まだあんたのこと忘れられてないって。」
沈黙。
遠くで電車が通過する音が響く。
甚爾は目を細め、その場から立ち去るように少しだけ身体を動かしかけた。
けれど、女は1歩、踏み出して——
女「誰かと付き合ってるの?」
その問いに、甚爾の表情が一瞬だけ動いた。
甚「……まあ、似たようなもんだ。」
女「……そうなんだ。」
女の声が、ほんの僅かに滲んだ。
女「……だったら、もう邪魔しないよ。あたしも、そろそろ終わりにする。」
それでもなお、彼を見上げる視線は真っ直ぐで。
1度だけ、ほんの一瞬あの頃のあなたが戻ってきてくれるかもしれない——
そんな未練を滲ませていた。
女「……元気でね、甚爾。」
彼女はゆっくりと踵を返し、人混みの中へと消えていった。
甚爾はその背中を見送ったあと、ようやくポケットの中から煙草を取り出し、火をつけた。
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夕暮れに沈む街の雑踏を抜け、地下鉄出口の階段を上がった瞬間——
彼女は居た。
伏黒甚爾の、"過去"の女。
最初は、通りすがりの他人だと思った。
けれど、その目は真っ直ぐにこちらを捉えていた。
まるで、初めから自分を待っていたかのように。
ミクの足が、無意識に止まる。
彼女はゆっくりと歩み寄ってきた。
柔らかなベージュのコートに、控えめな香水。
瞳の奥に何かを押し殺したような、でもどこか確信に満ちた色を浮かべていた。
女「ごめんなさい、急に……あなたがミクさん、だよね?」
その声は静かだったが、妙に芯があった。
ミクは、ゆっくりと頷いた。