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モニタリング

第22章 甘い余韻


夕暮れの街に、湿ったアスファルトの匂いが漂っていた。

雨が上がったばかりの歩道には、まだところどころ水たまりが残っている。

伏黒甚爾は黒のスーツジャケットの襟を片手で軽く直しながら、無言で駅へと歩いていた。

任務帰りの身体は重く、足取りもどこか気だるげだ。

けれど、そんな彼の歩みがふと止まる。

——視線を感じた。

人混みの中どこかひときわ懐かしい、いやな感覚が背筋を走った。

振り返ると、そこには女が立っていた。

長めのベージュのコート。

やや伏し目がちな目元。

そして記憶に残る甘くて、少し重たい香水の匂い——

甚「……オマエかよ。」

思わず口から漏れた声に、女はふっと微笑んだ。

懐かしさよりも、気まずさが先に来る。

甚爾は肩をすくめて煙草を取り出しかけて、やめた。

甚「……元気そうじゃん。」

女「うん、まあ。あんたは……変わらないね。背中、すぐ分かった。」

女の声は少し震えていた。

たぶん、見つけた瞬間から躊躇してたんだろう。

それでも、自分から声をかけてきた。

甚爾は視線を逸らし、手近な自販機の脇に身体を寄せた。

甚「……で、なんだよ。偶然にしちゃ間が悪いだろ。」

女「あたし、ずっとあのときのこと考えてたから……多分、バチが当たったのかもね。」

女の笑いは、自嘲混じりだった。

女「……まだ、あんたのこと好きなんだよ、甚爾。」

唐突に、けれど静かに告げられた言葉。

甚爾はその一言に一瞬だけまぶたを閉じた。

甚「……バカだな。俺みたいなの、忘れて正解だろ。」

女「分かってる。あたしが勝手にしがみついてただけ。あんたは……あの頃からずっと、手に負えないくらい冷たくて優しかった。」

甚「は?」

女「本当に好きだった。酷いことされても優しくされると、期待しちゃう。あたしがまだ何も知らなかったから……余計に。」

甚爾は口をつぐんだ。
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