第3章 知らない顔なんて出来ない
甚「……へぇ。もう“ございます”なんて言葉、使えるようになったんだな。」
くっと喉の奥で笑われた。
女はぎくりと背筋を伸ばし、顔を背ける。
「……今は、普通に……仕事モードなので。」
甚「は? じゃあ昨夜の、あの甘ったれた声は“プライベートモード”だったのか?」
「っ……!」
1歩、前に詰められる。
耳元で低く囁かれるだけで、またあの夜が鮮明に蘇る。
甚「“もう無理”って、あんなに腰振ってたくせに……朝になったら他人のフリかよ。可愛くねぇな。」
「……っ、そ、そんなこと……言わないでください……!」
甚「じゃあ、言わせんな。……ほら。」
彼の指が、スカーフの端を軽くつまむ。
甚「これ、隠したつもりなんだろ?」
「……っ。」
冷たい指先が、ゆっくりと首筋に触れた。
痕の上に意地悪に撫でられた瞬間、女は身体を震わせて1歩引いた。
甚「なぁ、今日1日……これ誰につけられたか思い出しながら仕事すんの?」
「……っ、ばか……っ。」
耳まで赤くなった女に、甚爾はふっと笑って煙を吐いた。
甚「……行ってこいよ。今夜、また思い出させてやるから。」
そう言って背を向けた男の背中は、どこまでも自由で勝手で――
なのに、ひどく惹きつけられるものだった。
女はドアの鍵を閉めると、ため息をひとつこぼして震える脚で階段を降りていった。
下着の奥で昨夜の余韻がぬるく疼いているのを、まだ誤魔化せずに。