第18章 なんで、こんなに
甚「たまたまだ。帰るとこで、向こうから話しかけてきた。」
「……もう、良いよ。」
彼女は鍵を差し込む手を止めず、淡々と返す。
視線を合わせようともしなかった。
「言ったよね、“面倒くさい”って……私が、そういう女だって。……じゃあ、それで良いじゃない。私も、もう面倒になるのやめたから。」
鍵がカチリと音を立て、扉が開いた。
彼女が中に入ろうとした瞬間――
甚「おい。」
荒っぽく腕を掴まれた。
甚「ふざけんなよ……何その言い方。」
振り返る間もなく、ぐいと体ごと引き寄せられる。
背中が玄関の壁に叩きつけられ、視界いっぱいに甚爾の顔が迫った。
「……離して。」
低く言う彼女に、甚爾の顔が歪んだ。
苛立ちと、それとは別の何かが混ざったような表情。
甚「オマエが先に突き放したんだろ。“面倒くさい”ってのは……そう言っときゃ、逃げられると思ったからだよ。本気で言うわけない。」
彼の指先がじり、と腕を締めつける。
その力強さに、胸の奥がずくりと揺れた。
――ほんの少しの期待が、胸のどこかで疼いてしまう。
けれど彼女は唇をかたく噛み、首を横に振った。
「それでも、私は……もう、無理。」
静かな、けれど震える声。
その言葉に、甚爾は一瞬目を伏せた。
玄関の扉が閉まる音が、やけに重たく響いた。
腕を掴まれたまま、ミクは靴も脱げぬままに引きずられるようにして部屋の奥へと連れ込まれた。
甚爾の手はいつも以上に強く、無言のまま床に落ちたバッグのことも気にかける余裕などなかった。
「ちょっと、何……っ、離して……。」
甚「黙ってろ。」
低く、くぐもった声に喉の奥がびくりと震える。
いつもどこか気だるげで、すべてを斜めから見ているような男のその瞳が今だけは鋭く、まっすぐにミクを射抜いていた。