第17章 赤い痕
まっすぐに向けられた蒼い双眸が、彼女の顔をしっかりと見据えてくる。
悟「なんか……寝不足?」
彼はそれ以上、詮索しなかった。
ただ少し口角を上げて、心配を包むように軽く笑った。
悟「無理しないでね。今日くらいはさ、僕が上司っぽく守ってあげるから。」
その言葉に、彼女はわずかに目を伏せて小さく笑った。
優しさに触れると、皮膚の奥がじんわりと熱を帯びる。
――あんな夜を過ごしたあとだからこそ、その温度が痛いほど沁みる。
午前中の業務を淡々とこなしていると昼すぎ、休憩室に入った瞬間
悠「……っ、大丈夫?」
心配そうな声が飛んだ。
悠仁だった。
彼は彼女の顔を見るなり、表情を曇らせた。
悠「目……ちょっと赤い。何かあった?」
「ううん……ちょっと寝不足なだけ。」
微笑んで答えると、彼はそれ以上深くは聞かなかった。
けれど、その視線はずっと彼女から逸れない。
悠「……あんまり無理しないで。俺、今日残業あるから、もし体調悪くなったら……付き合うから。」
彼女は思わず笑みを零した。
「なにそれ、やさしすぎてズルい。」
悠仁は少し照れたように頬をかきながら
悠「……ズルいのはどっちか、わかんないけどね。」
と、ポツリとつぶやいた。
五条も悠仁も、問いただしてこない。
けれど視線も声の調子も、彼女の変化にちゃんと気づいていた。
だからこそ責めず、黙って寄り添うように振る舞ってくれる。
――その優しさが、胸に刺さる。
昨日までの痛みが、今日の温もりで少しずつ揺らいでいく。
甚爾の冷たさと不安と裏切りの重みの代わりに今、目の前にあるふたつの穏やかな優しさが彼女を包み込もうとしていた。
そして彼女は、心の奥でそっと思った。
――このまま、甘えてしまっても良いのかもしれない。
その想いが彼女の運命をまた、少しだけ動かし始めていた。