第17章 赤い痕
甚「……アイツは俺に触れてきたけど、俺は触れてない。それで十分じゃねぇのか。……違うのか?」
「違うっ……違うよ……っ!」
顔を覆う手が震える。
信じたい。
でも、あの光景が焼き付いて離れない。
過去も嘘も全部まとめて抱きしめるほど、もう自分は強くない。
沈黙。
ほんの数秒が、永遠のように長く感じた。
甚「……泣くなよ、そうやって泣かれると……めんどくせぇ。」
甚爾の声は小さく、しかし確かに震えていた。
彼女の中に残る、知っている甚爾の優しさ。
その一片が、喉の奥で引っ掛かるように滲む。
けれど、彼女は首を横に振った。
扉に寄り掛かったまま静かに、でも確かに拒絶する。
「もう、今日は……帰って。お願いだから……。」
しばらくの沈黙のあと、足音が静かに遠ざかる気配がした。
鍵の向こう、ほんの数メートル先にいたはずの彼の存在が、また遠のいていく。
彼女は崩れるようにその場に座り込み、泣きながら唇を噛みしめた。
好きで信じた相手だからこそ、傷が深い。
もうこれ以上、裏切られたくなかった。
夜はまだ終わらない。
だけど彼女の中の何かが、静かに――
軋みながら、変わろうとしていた。
翌朝、鏡に映った自分の顔に彼女はひとつため息を落とした。
目の腫れは少し引いたものの、隠しきれない赤みが残っている。
目元に軽くコンシーラーを叩き込み、普段より少し濃いめのアイラインで誤魔化す。
それでも疲れと悲しみは、仕草や視線の滲みにあらわれてしまうものだった。
会社の自動ドアを抜けエントランスを歩いていると
悟「……おはよ。」
聞き慣れた、けれどいつもより柔らかな声がした。
五条悟だった。