• テキストサイズ

モニタリング

第17章 赤い痕


夜風が少し冷たくなってきた帰り道。

残業を終えた帰路、彼女は最寄り駅からのゆるやかな坂道を1人歩いていた。

ただただ静かな夜に、ぽっかりと穴が空いているようだった。

そんな時だった。

駅前の小さな横道で、見覚えのある後ろ姿が目に入った。

「……え。」

あの無造作な髪、無骨なシルエット。

間違えるわけがなかった。

伏黒甚爾。

彼は道端で女と立ち話をしていた。

艶のある髪を揺らして笑う女。

無遠慮な距離感で甚爾の腕に軽く触れたり、屈託なく笑いかけている。

甚爾は……

その笑顔を拒んでいなかった。

いや、むしろ、どこか穏やかにその場に立っていた。

――あの女?

前に言ってた“関係を切った”って言ってた……

まさか、あの時の……

心臓が、きゅっと音を立てたようだった。

手足が冷たくなり、身体が言うことをきかなくなる。

目を逸らして歩き出そうとしても、足がふらついてうまく進めない。

「なんで……。」

気づかれないように背を向け、彼女は早足で坂道を登りはじめた。

カツ、カツ、カツ、とヒールの音だけが夜の道に響いていた。

前がよく見えない。

目の奥が熱く、にじんで視界が滲んでいく。

家に着いた途端、玄関の鍵をかける手が震えていた。

鞄を放り出すようにして靴も揃えず、まっすぐベッドに倒れ込む。

「……やだ……。」

堰を切ったように、涙がこぼれた。

枕に顔を押し当てても、抑えきれない嗚咽が喉の奥を震わせる。

我慢していた何かが、壊れてしまったかのように。

「……嘘つき……なんで……。」

わかっていた。

きっと完全には切れていなかったのだろう。

それでも“今はお前だけだ”って、そう言った甚爾の言葉を、どこかで信じようとしていた自分がいた。

その信じた自分ごと裏切られた気がして、胸が締めつけられる。

涙が止まらなかった。

深く静かで、どうしようもなく苦しい夜。

何もかもを忘れてしまえたら――

そう願うように女はひとり、ベッドの中で震えていた。
/ 199ページ  
スマホ、携帯も対応しています
当サイトの夢小説は、お手元のスマートフォンや携帯電話でも読むことが可能です。
アドレスはそのまま

http://dream-novel.jp

スマホ、携帯も対応しています!QRコード

©dream-novel.jp