第16章 触れられた記憶
でも、その裏側に微かに残る――
甚爾の影、悟の温もり。
すべてが絡まり合って、言葉を詰まらせた。
「……ごめん、今はまだ答えられない。」
そう告げると悠仁は、ほんの少しだけ微笑んだ。
悠「良いよ。待つから。……ずっと、とは言わない。でも、少しくらいは……俺のこと、考えてくれたら嬉しい。」
彼の声は穏やかで、そして何より優しかった。
その夜、彼女はひとり帰路につきながら歩き慣れた道が少し違って見えた。
悠仁の言葉が、まだ心の中で響いていた――
まるで、温かく静かな水音のように。
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営業先からの帰り道。
夕立の気配はなかったはずなのに空が急にかき曇り、雨は唐突に降り出した。
悠「うわっ、マジかよ……!」
傘も持たずに外に出ていたふたりは、慌てて軒下に駆け込む。
パタパタと水滴がアスファルトを叩き、夕暮れの街にしっとりとした気配をもたらしていた。
「……濡れちゃったね。」
女が微笑んで髪をかき上げる。
その動作に悠仁の目が釘付けになった。
シャツが、肌に貼りついていた。
白い生地が雨に濡れて透けブラの形どころか、うっすらと肌の色さえ浮かび上がっている。
悠「……あっ……!」
悠仁は息を呑んだ。
視線を逸らそうとするが、出来なかった。
どこか無防備なその姿に、頭がぐらぐらと熱を持つ。
悠「ご、ごめん……なんか、すごく……。」
「ん? どうしたの?」
女はまるで気づいていないように笑う。
その柔らかい瞳、濡れたまつ毛、肌に貼りつくシャツ。
――理性が、焼かれる。
悠「……このまま歩いたら、他の男に見られちゃうよ……。」
掠れる声でそう呟くと、悠仁は女の手首を強く引いた。
少し驚いた顔をする彼女を連れ、駅前にぽつんと建っていたラブホテルの明かりへと向かっていく。
「えっ……ちょっと、どこに行くの……?」
悠「……誰にも見せたくないんだ。」
その言葉が、妙に真剣で。
冗談でも気まぐれでもない――
抑えられない衝動そのままの熱を帯びていた。