第16章 触れられた記憶
「……うん、だいぶ良くなった。ありがと、心配かけたね。」
微笑みながら答えるが、その声はまだ少しかすれていた。
悠「声……まだ、ちょっと掠れてるじゃん。無理しない方が良いよ、本当は。」
悠仁は眉を下げながらも、どこかほっとしたような顔をする。
だが次の瞬間、その表情が微妙に変化した。
彼の視線が、彼女の首元で止まった。
薄手のシャツの襟から覗いた、わずかな痕。
熱にうなされていた夜、彼に触れられた記憶がかすかに蘇る。
悠仁の目が、その小さな痕跡に明らかに動揺していた。
悠「……それ、」
「え?」
悠「……いや、なんでもない。」
一瞬だけ口を開いたが、すぐに閉じた。
彼は目を逸らし、ごまかすように笑った。
悠「……熱のとき、誰か……いた?」
その問いは、どこか不器用で、でも真剣だった。
彼女はわずかに目を伏せる。
曖昧なまま答えを出せない自分が、少しだけ苦しかった。
「……悟先輩が、来てくれてたの。看病、してくれて。」
悠「そっか……五条さん、か……。」
悠仁の声が、わずかに沈んだ。
悠「……よかったね、頼れる人いて。」
そう言って笑った彼の表情は、いつもの明るさを保っているようでいて、どこか少しだけ翳っていた。
彼の手が、彼女の前髪にそっと伸びる。
乱れたままの髪を指先で優しく整えながら、ぼそりと呟いた。
悠「……俺も、行けばよかった。会いたかったんだよ、本当は。」
その言葉に、心の奥が不意に揺れた。
温かくて、まっすぐで、だけど知らず知らずのうちに刺さるような――
そんな彼の優しさと僅かに滲む嫉妬が、静かに空気を震わせていた。