第13章 やっと
夕暮れの街に、夏の夜風がふわりと吹き抜ける。
喧騒の中、背の高い男の隣を歩く彼女の足取りは、どこか落ち着かない。
伏黒甚爾──
無口で不器用で、だけど1度笑えば反則のように格好いい。
今日の彼は、珍しく“デートらしいこと”をしてくれた。
ぶっきらぼうな会話、それでもこちらが喜んでいると少しだけ目を細めて笑ってくれる。
派手なことは何1つない。
でも、それがかえって特別に感じられた。
だが──
日が落ちて、駅前の明かりが灯る頃。
彼が何も言わずにタクシーを止めたとき、空気が変わった。
乗るときも、手を引かれるようにされるがまま。
車内ではほとんど口を利かず、ただずっとスマホを弄っていた。
そして、辿り着いた先は──
ネオンの光がいやらしく照らす、ラブホテル街だった。
「……え?」
小さく漏らした声も虚しく彼は振り返らず、当然のように歩を進める。
まるでコンビニにでも入るような気軽さで自動ドアをくぐり、無造作に部屋を選んでいく。
「……な、んで、ホテル……っ。」
ようやく声を出せたのは、エレベーターの中。
彼女が怯えたように問いかけても、甚爾はただ一言──
甚「……ダメか?」
低く、くぐもった声。
でもその言葉の奥には少しだけ、不器用な迷いの色が滲んでいた。
返事ができないまま、部屋に入る。
瞬間、体が硬直する。
重たい扉が閉まり甘く、濃密な香りが空間を支配した。
室内は、まるで男の性欲そのものを映したように色気を孕んでいた。
ダークカラーの壁紙、ベッドサイドの間接照明そして備え付けの鏡が否応なく気持ちを昂らせる。
甚「座れ。」
低く短い声で言いながら甚爾はジャケットを脱ぎ、テーブルの上に放り投げた。