第13章 やっと
甚「してた。……そういうの、よく見てるから。」
彼の声は低く、まるで独り言のような響きで。
それでも確かに彼女の胸に刺さり、心臓が不意に跳ねる。
「前に来たことあるの?」
甚「いや、ない。今日のために調べた。……たまには、普通っぽくしたらオマエが驚くかと思ってな。」
「……普通っぽく?」
甚「ベッドの上だけとか……そういうのばっかじゃ、嫌がられそうだし。」
そう言って微かに目を細めるその表情に、彼女は言葉を失った。
いつも無遠慮で強引で感情を読み取りにくい彼が、こんなふうに探るような顔をするなんて。
「……嫌じゃないけど。」
自然とこぼれたその言葉に甚爾は一瞬だけ目を見開き、それから笑った。
その笑みが、ひどく優しくて不意に心のどこかが締め付けられる。
やがて料理が届き、2人で黙々と食べる。
会話は多くはないけれど心地よい沈黙と、たまに交わす視線に確かな温度があった。
「……次、どうする?」
食事を終えてから尋ねると甚爾は煙草を取り出しかけて、やめた。
甚「オマエに任せる。行きたいとこあんのか?」
「……えっと……。」
思い浮かばず黙り込んだ彼女に、甚爾は立ち上がりながら言う。
甚「じゃ、歩くか。……腹ごなし。ゆっくりな。」
彼の不器用な優しさに、思わず笑みがこぼれる。
手は繋がない。
距離も詰めない。
けれど、すぐ隣で歩く背の高い男の体温が、ひどく近く感じられた。
陽射しの中で揺れる影――
その影が重なりそうで、重ならない。
だけど、確かに近づいている。
そんなふたりの休日だった。