第9章 月が綺麗ですね
少し遠くから足音が聞こえてきた。
その足音はゆっくりと近づいてくる。
今日、屋敷に訪れる人物は一人しかいない。
これから祝言を挙げる仁美の夫だ。
ガラッと襖が開くと、仁美は顔を上げて笑顔で夫を迎えた。
名ばかりの…それでも愛おしい自分の夫だ。
「……よく来て下さいました。実弥様。」
仁美の笑顔を受けて、そこに立っていたのは家紋の入った正装を身に纏った実弥の姿だった。
しかし、実弥の表情は、どう見てもこれから祝言を挙げるような顔ではない。
仁美にはそれも想定内だったが。
実弥は不機嫌そうな顔のまま部屋に入ってくると、きちんと背筋を伸ばして座っている、仁美の正面に腰をおろした。
そして無造作に頭を掻くと、俯けていた顔を上げて仁美を見た。
「……なんで俺なんだ?」
低い声で唸るようにそう言う実弥に、仁美は不思議そうに首を傾げた。
「…自分の好いた人と最後の時間を過ごしたかっただけです。」
「だから……。なんでそれが俺なんだ?!」