第5章 傲岸不遜の鬼
静かに沸いた違和感を吟味する時間は無かった。
静かな部屋の中に一瞬風が吹いた。
「月が綺麗ですね。」
誰も居なかった薄暗い部屋の中にいつもの声がした。
その声を聞いた途端に不安だった気持ちが凪いでいった。
穏やかな気持ちで顔を上げると、いつもの赤い目がまた違う姿で現れる。
仁美は無惨がどんな姿形でも彼だとすぐに分かった。
だけど、どれが本当の彼の姿なのか想像した事はあった。
髪が長い時も短い時も、洋装の時も和装の時も。
本当の姿はその日見た彼の姿が1番近かった。
癖のある髪が彼の頬の側で揺らぎ、赤い目は無機質に自分に向けられる。
女から愛を囁くなど恥だと思っていた。
だから彼が同じ言葉で気持ちを伝えてくれた時に、仁美は胸の奥から幸福感が湧き起こった。
「ええ、本当に…。こんなに綺麗な満月は初めてです。」
仁美がそう言うと、無惨は少し顔を和らげて仁美の側まで来た。
「……私に望む事はあるか?」
仁美の顎に指で上げると無惨は低い声で仁美に聞いた。
「……なら…口付けを……。」