第5章 傲岸不遜の鬼
仁美は新聞の端の小さな記事に引き寄せられた。
【月が綺麗してすね】
何処かの講義で「I love you」をそう訳して学生に講じたとされた。
「我君を愛す」と訳した学生に対して、彼はこう言った。
「私達はそんな事を言わない。月が綺麗ですねとでも訳しておけば事足りる。」
仁美はその記事を見た後、窓から月を見上げた。
この世界には愛を伝える言葉は溢れていて。
人間の自分が鬼の彼に伝える言葉はどんな言葉なのか。
どの言葉も自分の気持ちとは違いしっくりこなかった。
いつも彼の赤い目を見上げた時に、この窓からは月が見えていた。
その月の逆光の中で光る赤い目が、どんな姿形でも唯一の彼だとすぐに分かった。
月が綺麗ですね。
仁美は初めて、彼に対して自分の気持ちを表す言葉を見つけた。
彼が来る時間を待ち侘びて、たまに触れてくる彼に心が揺さぶられた。
この気持ちが愛ではないなら、どんな気持ちを愛というのだろう。
彼を愛していると、自分の気持ちに気が付いた。