第5章 傲岸不遜の鬼
仁美は暗い部屋の中で光る無惨の赤い目をジッと見ていた。
この時仁美にとって、母親の鬼以外の人間を見た事が無かった。
だからその目が暗闇の中で光ろうと、仁美にとっては特別な事では無い。
ジッと見てくる仁美に無惨は手を差し伸べた。
彼女の頬に触れると、体温の感じない無惨の手に仁美は縋る様に目を閉じた。
「…お前に言葉と知恵を教えよう。」
仁美は無惨の発した言葉の意味が分からないから、そのまま彼の手に収まりながら目を閉じたままだ。
「名前は…そうだな……。仁美と付けるか。」
名前すらない少女に無惨は名前を与えた。
鬼となった者に名前を与える事もあったので、この事は然程珍しい事では無い。
その言葉が自分の名前だと分かったかの様に、仁美はゆっくりと目を開けた。
無機質な赤い目が少し和らいだ様に見えた。
そしてそれから無惨は仁美の元に頻繁に通う事となった。
長い年月を生きている無惨にとって、人間の一瞬に立ち会っている時間はそれほど苦では無かった。