第1章 記憶 ※暴力表現有
一人になったとたんに寂しい気持ちになる。
いつものことなのに。
頭の中ではそれの笑顔と声が何度も繰り返されていた。
まるで夢だったんじゃないかと思うほど、あっという間にいなくなってしまったそれ。
…夢だったかもしれない。
不思議な気持ちで、暗い牢に戻った。
また数日後。
「こんにちは、また来たよ。」
またそれは現れた。今日も違う色の着物だ。
でもこの前と違って笑ってない。眉毛が下がって、目を伏せている。
「…母様にね、あなたのこと話したの。そしたらすごく怒って、あそこにいるのはお化けだから二度と近寄るなって言うのよ。…どうして?」
そして、そっと手をこちらに伸ばす。
「お化けなんかじゃないもん。ほら。」
躊躇いなく格子を握る僕の手に触れた。
驚きで喉がひゅうっと音を立てる。
「あ、ごめんなさい。勝手に触るなんて失礼よね。」
慌ててひっこめられた手。
触れられたところがじんじんする。
何も言わず呆気に取られている僕に眉をさらに下げて話しかけるそれ。
「大丈夫?嫌だった?」
嫌じゃない。なんだか不思議な感じがするだけ。
そう思ってゆっくり首を横に振る。
そしたらそれはまた驚いた顔をした後、ぱあっと笑った。
「お返事してくれたの、初めてね。実はわたしの言葉がわかってないかもと思って心配だったのよ。…そういえば、この前も帰り際に声を出してくれてたわね。しゃべれる?」
じっとこちらを見つめる目。
僕が何か言うか待っているようだ。
「…しゃべ、れる。」
無理やり絞りだした声はか細いものだったが、それの笑みが深くなった。
「よかった。…あ、そうか、わたしがずっと話しかけてるから言葉を挟む隙がなかったのかしら。ごめんなさい。おうちでもよくうるさいって言われちゃうの。悪い癖ね。」
「…ちがう…うるさく、ない…」
「そう?ならいいんだけど…そういえば、あなたの名前は?私、メイっていうの。」
名前。僕には名前がない。名前らしきもので呼ばれたことがないから、きっとないんだと思う。
僕が黙っていると、それがひらめいたように言った。
「わかった、じゃああだなをつけてあげる。」
「あだな…?」