第1章 記憶 ※暴力表現有
それは、突然僕の世界に現れた。
「母様、あんなところに子どもがいるわ!」
どこも破れていない着物。複雑に結ばれた綺麗な帯。ふっくらと丸い、血色の良い顔。
いつもここから見える子どもたちと異なる様子の女の子が僕を指さして、隣の女性に話しかける。
「…そんなものいないわよ。」
女性は冷たい眼差しで僕をちらっと見てすぐに目を逸らし、女の子を引っ張っていく。
「でも…」
女の子は困った顔で僕をじっと見ていたが、半ば引きずられるようにそのまま通り過ぎて行った。
冷たくない目で見られたのは初めてだった。
数日後。またそれは訪れた。
「…あ!やっぱりいるじゃない!」
いつも通り牢から外を覗いたら、先日の女の子がそこにしゃがんでこちらを見ていた。この前と違う着物。
「どうしてこんなところにいるの?閉じ込められてるの?」
せっかく声をかけてくれたのに、僕はうまく声を出すことができなかった。でもそれは返事がないことも気にならない様子で話し続ける。
「…母様がね、こんなところに子どもなんかいないって言い張るの。何回も聞いたら怒られちゃった。」
あはは、と困ったように笑って、興味深そうに僕をじっと見つめる。僕はどうしたらいいかわからなくて目を逸らした。
「あれっ、ちょっとまって!こっち向いて。…あなたの目…」
ドキリとした。また、気持ち悪いと言われる。格子を握る手が強張る。
でも僕の予想に反して、それは大きな目をまん丸にして言うんだ。
「とってもきれい!こんなきれいな目、初めて見たわ!まるですみれのお花みたい。」
今度は僕が目を丸くする番だった。
「髪も私と色が違うのね。あなたの目の色によく似合ってるわ。いいなぁ。」
しゃがんだ膝に両手で頬杖をついて、笑っている。
みんながする嫌な気持ちがする笑い方じゃなくって、なんだか胸のあたりがきゅうっとなった。
ふと目線を遠くに移したそれは、もう一度僕に笑いかけて、
「母様だわ。私のこと探してるみたい。そろそろ行かなきゃ。」
そう告げると立ち去ろうとする。
また一人になる。そう思うと、僕からか細い声がようやく発された。
「…ぁ…」
「!」
それは勢いよく振り返った。一瞬驚いた顔をしていたが、僕の気持ちを察したようにまた笑う。
「また来るね。約束!」
小さく手を振って元気よく駆けていった。
