第3章 3
コーダは身体の前で自分の両の手のひらを見つめてから、グッと握る。
「姫様をお守りするために結界を張り、姫様の行動に目を配り、外界から遮断して、辛いこと、悲しいことから守ろうとしてきました。いつか、強い力を身に付けられた姫様が自ら結界を抜け、アクロポリスの外へと足を向けられる日まで……。けれど……」
「それは予想しとったよりも早く訪れた」
俺の言葉に、コーダはギュッと唇を噛んだ。
「…はい。9つの時、姫様は結界の外へと足を向けられましたが、まだ結界をすり抜ける程の力を身に付けておられなかった。結果、姫様は結界に弾かれたことに恐怖を覚え、以後10年間、自ら結界の外へと向かわれることはありませんでした」
「結界を抜けられない…結界は怖いもの、という考えを植え付けられたアリアは、自ら神殿から出ようともせず、カデンツァの街に下りることもなかった」
静かに頷くコーダ。
「それが余計に街人に『姫様はカデンツァを守ってくださる、神聖な女神』、『決して汚してはならない大切な存在』、『姫様は神殿から出てはいけない』という思いを植え付けていました。───姫様をアクロポリスの外…カデンツァの街へと導くことも出来ず、いつの間にかこんなにも年月が経ちました…」
顔を上げたコーダは、悲しい笑顔を俺に向けた。
「私は…間違っていたのですね」
その目から涙が零れ落ちる。
今度は俺が唇を噛んだ。
───大切に、大切に想っとったからこそ、アリアを外界から遮断した。
けれどそれは、アリアから自由を奪うということで……。
やがて自分はどうすれば良いのか分からなくなって。
……でも、街人の想いを踏みにじることが出来なくて。
それならば…いっそ──。
───いっそのこと、自分がアリアをアクロポリスに閉じ込めていることにすれば良い。
そうすれば、結界を恐れて自ら神殿内に閉じこもるアリアも傷付かんし、『決して汚してはならない、大切な存在の神聖な女神』を崇める街人の想いも踏みにじらずに済む。
───自分が悪になれば良い。
口には出さないその思いが、痛いほどに伝わってきた。