第2章 2
女主人は後ろを向いた。
と、一定のリズムが聞こえてくる。
「この街に……いや、姫様にあんたらみたいなお客が来るのは、初めてだったんだよ」
俺はペンを持つ手を止めた。
「アクロポリスの神殿にずっと閉じ込められていた姫様が、いつも側にいる神官達以外の人物に会ったのは、初めてなんだ」
俺の隣で串焼きの取り合いをしとったラルゴとダンテも、何だ何だと動きを止める。
聞こえるのは、後ろにあるいくつかのテーブルで飲んで食べて騒いどる街の漁師達の声。
「もう少しこの街にいて、姫様の話し相手になってもらえたらありがたかったんだけどね」
女主人は切った野菜を鍋に入れて、中火で煮込み始めた。
「世間知らずな姫様でさ、そこら中を旅してるあんたらにとっては、イライラするような姫様だったかもしれないけど」
野菜を入れた鍋をかき回す手を止めて、女主人が小さく言った。
「私達カデンツァの人間にとっちゃ、大事な姫様なんだ」
振り向いて、女主人は笑った。
「神官達のやり方は姫様が可哀想でね。───いつか姫様を私達以上に大切に想ってくれる人が現れて、姫様を救ってくれたら……、街人はみんなそう思ってるんだよ」
静かで、偽りの無い言葉に俺は何も言えなくて、目の前の鉄板を見つめとった。
───カーン……、と遠くで鐘が鳴った。
女主人はその音にあら、と耳を傾ける。
「もう21時かい。早いねぇ……明日の朝は早いんだろ?これ食べたら休んだ方が良いんじゃないかい?」
女主人は俺ら3人に、鍋の中からすくった野菜スープを渡した。
皿を受け取りながら、ダンテが訊く。
「あの鐘は?」
「あれは夜間、街の外の警備をしてる兵士達の交代の合図さ。……そうだね、3時間毎に鳴るよ」
「じゃあ次は0時か」
「それくらいにはドルチェとレグも戻ってくるやろ」
俺はスープをすくいながらダンテを見る。
「そういえばドルチェとレグは?」
「外に飲みに行った。またべろんべろんになって帰ってくるんちゃう?」
はっはっはっ、と女主人が笑う。
『また』。
………昨日もそうだったのかもしれんな。