第6章 新たな日々、非合理的な感情
時間が止まったようだった。
何も起こらない。
ただ、相澤の指が掴んだ手首の感触だけがやけに生々しい。
恐る恐る顔を上げると、鋭く、けれどどこか迷いを含んだ視線がぶつかる。
相「…男をそう簡単に家に入れるな。何されるか分からないぞ」
低い声。
叱るようでいて、どこか自分に言い聞かせているようだった。
「……っ」
熱が上がる。目を逸らしたくても逸らせない。
相「…そんな顔で見るな」
掴んだ手首に、無意識に力が入る。
相澤はそれに気づいて、はっとして指を緩めた。
相「……悪い」
「あ、いえ…!」
慌てて俯くと、少し間があって。
相「……また明日な、」
名前を呼ばれた瞬間、胸がぎゅっと縮む。
「…はい」
相「水、ありがとう」
それだけ言って、相澤は背を向けた。
バタン、と玄関が閉まる音。
はその場に座り込み、しばらく立てなかった。
⸻
相「……はぁ」
タクシーに戻り、深く息を吐く。
相(何やってる)
腕を掴んだ感触が、まだ指に残っている。
抱き寄せなかっただけ、理性は働いた。
だが――気づいてしまった。
が無防備すぎるのが、気になる理由。
危なっかしいからじゃない。
守る立場だからでもない。
相(……惹かれてる)
認めた途端、胸の奥が重くなる。
教師で、同僚で、年の差もある。
合理的じゃない。
それでも。
努力を惜しまないところも、芯の強さも、ふと見せる隙も――全部が目に入る。
ピロン、とスマホが鳴る。
〈今日はありがとうございました。また連れて行ってください〉
相澤は、思わず口元を緩めた。
相(……まずいな)
そう思いながら、明日を待ち遠しいと感じている自分を、否定できなかった。