第4章 別れの日、歩き出す先
相澤はの少し斜め後ろ、一定の距離を保ったまま立っていた。
近すぎず、遠すぎず。
視界の端に入るか、入らないかくらいの位置。
は俯いたまま動かなかった。
肩がわずかに上下しているのが、呼吸の証拠だった。
相(……泣いてない)
泣いていない人間に、安易な言葉は要らない。
ましてや、理由も知らないままの慰めなど、ただの自己満足だ。
通りすがりのヒーローとして出来ることは、ほとんどない。
本来なら、ここで立ち止まる理由すらないはずだった。
それでも。
相(……立ち去るには、早い)
自分でも、理由は説明できなかった。
仕事帰りで、疲れていて、早く帰って眠りたいはずなのに。
が膝を抱えたまま、ほんの少し顔を上げた。
夜風に揺れる髪、赤くなった目元。
その事実が、相澤の胸に小さく引っかかった。
相「……寒くないですか」
短く、それだけを言った。
慰めではなく、感情も乗せず、ただの確認。
は一瞬だけ驚いたように瞬きをして、それから、首を小さく横に振った。
「……大丈夫です」
声は少しかすれていたが、震えてはいなかった。
相「そうですか」
それ以上、言葉は続かなかった。
数秒。
あるいは、数十秒。
時間の感覚が曖昧になるほどの沈黙の中で、相澤は一度だけ、遠くの街灯を見た。
相(……もういいか)
これ以上ここに居続ける理由はない。
何かをしてあげられるわけでもない。
それでも、相澤はに背を向ける前、ほんの少しだけ立ち止まった。
相「……無理は、しないように」
それは忠告でも、慰めでもなく、ヒーローとしての、最低限の言葉だった。
は答えなかった。
けれど、背中越しに、微かに頷いた気配がした。
相澤はそれを確認して、歩き出す。
振り返らない、名前も聞かない、何も背負わない。
ただ——
相(……放っておけなかった)
それだけが、妙に胸に残っていた。
その背中を、は見送っていた。
立ち去るその姿が、夜の闇に溶けていくまで。
名前も知らない。
顔も、よく覚えていない。
それなのに、なぜかひとりじゃない気がした。