第4章 別れの日、歩き出す先
相澤の背中が角を曲がって見えなくなってから、しばらくその場を動けなかった。
声をかけられたのは、ほんの数分だったはずなのに、体の奥に溜まっていたものが少しだけ沈んだ気がした。
(……誰だったんだろ)
名前も知らない。
顔だって、ちゃんとは見ていない。
それなのに、あの沈黙だけが、今のには必要だった。
母がいなくなってから、時間の感覚がおかしい。
昨日まで隣にあった日常が、音もなく崩れて、気づいたら世界が一段低くなっていた。
-------母「お酒、買ってくるね」
そう言って笑った母の顔が、何度も浮かぶ。
20歳になったら一緒に飲もう、なんて、そんな約束。
こんな形で最後になるなんて、思うわけない。
事故だと説明された。
不運だったと、誰もが言った。
それでも、胸の奥ではずっと何かがざらついている。
納得できない、でも掴めない。
縋りたかった。
誰かに、名前を呼んでほしかった。
でも、できなかった。
私はずっと“支える側”だったから。
立ち上がって、ゆっくり家に向かう。
母のいない家は、思っていたより静かで、思っていたより冷たかった。
灯りをつけて、靴を脱いで、ベッドに倒れ込む。
泣こうと思えば泣けたはずなのに、涙は出なかった。
(誰かに、会いたい)
理由は分からない。
ただ、ひとりでいるのが、これ以上怖くなった。
約束の日が近い。
あの公園で、待っている2人がいる。
爆豪と、緑谷。
きっと、あの子たちは変わっている。
でも、変わらずに迎えてくれる気もした。
その予感だけを胸に、目を閉じる。
眠りに落ちる直前、母の声がした気がして、は小さく息を吸った。
(……明日も、生きよう)