第4章 ・対峙
並の男であれば、我慢出来ずに理性を失い、間違いなく襲い掛かっているであろう。
しかしゾロは、冷ややかにその口端を上げるだけだった。
背の低い彼女を上から見下ろし、睨み付ける彼の目は、更に強い殺気を放っている。
女を殺したいのか、それとも。
彼女の中で、彼に対する恐怖と期待と興奮が高まって行く。
男の色気に逆にやられたサキュバスは、思わず独り言を呟いた。
「……な、何で……私達のマリンカリンが……まるで効いてない……」
「へっ……マリンカリン……ねえ。悪りぃな……おれは、魅了魔法は効かねえんだよ……その、女の色気って奴もな……おれは、そんな簡単には落ちねえぜ……?」
ゾロの言葉に、サキュバスは狼狽える。
彼は更に、囁く様に彼女に言った。
「それからついでに言っておくが……おれはな、女に勝手に体触られんの、嫌なんだよ……嫌いなんだよ、そう言う女はよ。惜しいな……それとも、まだおれと遊びたいか……?遊びたいんなら……お前等が言ってたイイ事ってのを、してヤッてもいいんだぜ……?」
そう言って、邪悪な笑みを浮かべるゾロに、サキュバスは恐れ慄いた。
(……お、犯される……!!?)
淫魔である彼女は、この時、生まれて初めて男に恐怖した。
男達を色気で手玉に取り、その精を吸い尽くし、時に魂をも奪う淫魔サキュバス。
そんな淫魔が、たった独りの男に恐怖のどん底に叩き落とされているのだ。
早くこの場から逃げ出したかった。
しかし、体が動かない。
いや、動けないのだ。
逃げる事も声を上げる事も出来ず、彼女は恐怖の余り、半泣きの状態に陥ってしまった。
(……なんだ……大した事ねえ……)
少し拍子抜けした彼は、目の前のサキュバスから視線を外すと、今度は少し遠くに目を遣った。
(……まだちゃんと教わってねえからな……上手く行くかどうか……)
目を付けた場所に意識と魔力を集中させ、湖の底に沈んだもう一体のサキュバスを探り当てる。
(見付けた……上手く行ってくれよ……)
彼の額から、汗が滲み出る。
そして、思念で彼女を湖の底から何とか引き上げると、近くの岸辺に降ろしてやった。
(……何とか、かんとか、だな……)
少し安心したゾロは、深く息を吐き、呼吸を整える。