第3章 ・予兆
すると何処からともなく、男の声が聞こえて来た。
それはまたしても、『彼自身の声』であった。
静かに、しかし威厳に満ちた声で、心、いや、魂の底から、ゾロ自身に語り掛ける。
(……『闇』……『死』……『おれ』が支配する事象……判ってるよな……)
「ああ……勿論だ……」
(……『おれ』は『おれ』に全てを託す……頼んだぞ、『おれ』……)
その言葉を聞いたゾロは、虚ろな目で闇を見詰めながら、ゆっくりと左手を伸ばす。
闇に溶け込んでいる何かがゾロの左手に纏わり付くと、それは、すうっと体全体に入って行った。
ぼんやりと宙を見詰めるゾロの右の瞳が、闇の中で金色に輝き、そして銀色に変わって行く。
それは美しくも、寒気がする程に冷たい輝きであった。
彼は左手を静かに下ろすと、ニヤリと笑いながら、また深い眠りに就いて行った……
……そしてまた、彼の名を呼ぶ声が聞こえる。
「……ろ……ゾロ……おい、時間じゃぞ!!こりゃ、いい加減起きろ、ゾロ!!」
なかなか起きないゾロに痺れを切らしたフォルネウスが、右の鰭で彼の額を何度も叩く。
ぺちぺち、と言う湿っぽい音と共に、軽い痛みがゾロを襲う。
「……っ!!い……ってえ……!!」
大した痛みではないが、ゾロは少々大袈裟にそう言うと、自分の額を左手で押さえつつ、ようやく身を起こした。
フォルネウスに叩かれたせいで、彼の額はうっすらと赤みを帯びている。
フォルネウスとデカラビアが、そんな彼を見て大笑いしたので、ゾロは少し険しい顔付きになり、低い声で呟いた。
「……そんな笑う事ねえだろが……こっちは痛かったんだからよお……まあ……ちょっとだけど……」
「いやいや、すまん。お前がなかなか起きんもんでな……なあ、デカラビアよ」
「うむ……ぐっすり寝ているかと思えば、突然寝言を言い出だしおって……お前、一体どんな夢を見ていたのだ?」
「あぁ?おれが寝言言ってたって?……いや、夢なんて、なんも覚えてねえが?」
「ふむ……そうか」
「なんだ?覚えてた方が良かったのか?」
ゾロは怪訝な表情を浮かべながら、デカラビアにそう訊いた。
それを見たフォルネウスは、右の鰭を鳥の様に何度かばたつかせつつ、友の代わりに返答する。