第3章 ・予兆
彼は、幼い頃から体を鍛錬する事だけに重点を置いて生きて来た男である。
それ故に、歴史や言語、いや、勉学そのものに真剣に取り組んだのは、これが初めてであった。
しかし、フォルネウスの教え方が良かったのか、それとも魔王の血の影響なのか。
この時ゾロは初めて学ぶ事の楽しさを覚え、教義内容もすんなり入って行ったのである。
だが、流石の彼も長時間集中していた為か、いよいよ疲れが見え始めていた。
考えてみれば、ゾロが魔界で目を覚ましてから、少しも休んでいないのだ。
彼が眠そうに目を擦る様を目にしたフォルネウスは、静かな口調で話し掛ける。
「うむ……魔王族の血を受け継いでいるとは言え、流石に疲れて来た様じゃな。少し休んでから、次に進むと良かろう。もうすぐデカラビアが来る故、わしが伝えておいてやる。少し眠ると良い」
「ああ……そうだな……じゃあ、二時間後に起こしてくれ」
ゾロはそう言いながら、鼻をかんだティシュを丸めて右の掌に乗せると、それを見詰めながら小声で呪文を唱える。
「……アギ」
ドスの効いた低い声に反応し、掌の上に炎が乗る様にして現れると、ティッシュは一瞬にして、その炎に包まれた。
それは燃え尽きると灰になり、その灰は風に乗って、何処かへ飛んで行った。
その様子を見ていたフォルネウスは感嘆し、その体を一回転させる。
「流石、攻撃魔法の基礎がしっかり身に付いた様じゃのう。何と上達の速い事よ……この調子だと、短期間で強力な魔法を使いこなせる様になるぞい」
「お前等が魔法の手本をしっかり見せてくれたからだよ。ルシファーも色々アドバイスしてくれたしな……しかし……」
「しかし……何じゃ?」
「海賊やって大剣豪を目指してるおれが、まさか魔法使いになるとはな……全く、思っても見なかったぜ……」
ゾロはそう言い、声を殺して笑った。
人間として世界最強の大剣豪になる事を目標に生きて来た男が、ある日突然『魔王となる者』と言われ、その後すぐに魔界の歴史や魔法を学んでいるのである。
彼は、そんな自分自身が、妙に滑稽に思えたのだ。
しかしその表情に、後悔と言う言葉は全く見当たらない。
疲れてはいるが、笑みを浮かべているゾロに、フォルネウスが言う。